静岡地裁は、1966年に静岡県清水市(現静岡市)で起きた強盗殺人事件(袴田事件)で死刑判決が確定していた袴田巌さん(78)について再審を決定し、死刑・拘置の執行停止を言い渡し、袴田さんは47年7カ月ぶりに釈放された。しかし、検察当局は決定の取り消しを求めて即時抗告したため、舞台を東京高裁に移し、再審の可否が改めて審理されることになった。地裁の決定は、捜査当局による証拠の捏造にまで言及しており、捜査や司法のあり方が改めて問われる形になった。
袴田事件は、1966年6月、清水市のみそ製造会社専務宅から出火。焼け跡から専務一家4人の遺体が見つかった。遺体には胸や背中に刺し傷があった。静岡県警は、従業員で元プロボクサーの袴田さんの従業員寮の部屋から微量の血痕の着いたパジャマを押収し、犯行を否認していた袴田さんを強盗殺人などの容疑で逮捕した。袴田さんは、いったんは犯行を自供したものの、第1回公判で否認した。その後、みそ製造工場のみそタンクの中から血痕のついた衣類が発見され、1968年9月に静岡地裁が死刑判決を言い渡した。1980年には最高裁が被告の上告を棄却し、死刑が確定した。弁護側は再審請求をしたが、第1次請求は最高裁が棄却。今回、静岡地裁が再審を決定したのは第2次請求。
今回の地裁の決定では、みそタンクから発見された衣服について、①「血痕は袴田さんや被害者の血液と一致しない」という弁護側のDNA鑑定を「新証拠」と認める②衣服は事件から相当期間放置された後、みそに漬けられた可能性がある。捏造されたと考えるのが合理的③ズボンは肥満体の袴田さんのものでない可能性が高い――などと、弁護側の主張をほぼ全面的に認めた。しかも「捏造する必要と能力を有するのはおそらく捜査機関(警察)のほかにない」「国家機関が無実の個人を陥れ、45年以上拘束し続けることになり、刑事司法の理念からは到底耐え難い」と捜査の在り方を厳しく指弾。「無罪の蓋然性が相当程度あることが明らかになった以上、拘置を続けることは耐え難いほど正義に反する」として、死刑囚にたいして初めて拘置の執行停止を決めた。
特別抗告で高裁、最高裁がどのような判断をするかは予断を許さない。司法ジャーナリストは「証拠の捏造まで指摘されれば、検察も抗告しなくてはならないということだろうが、地裁の決定は論理的に構成されている。国民が納得できるような論理で地裁決定を取り消すのは容易ではないだろう」という。そのうえでこのジャーナリストは「必要なのはなぜ、こうした冤罪が生まれたのかの検証だ」と指摘している。